アフィリエイトで月10万円を初めて超えた日|月25万への分岐点で気づいたこと

アフィリエイトで月10万円を初めて超えた日 副業・AI

アフィリエイトで月25万円を稼ぐまでの道のりは別の記事に書いた。ただ、その途中にあった「月10万円を初めて超えた日」については、あまり詳しく書いていなかった。

今振り返ると、月5万から月25万に至るまでの間で、一番やり方が変わったのがこの時期だった。月10万は、金額としては通過点に過ぎない。でも、稼ぎ方の質が変わった分岐点だったと思っている。金額の大きさより、そこに至るまでの発想の転換の方が、今の自分には価値があったと感じている。

この記事では、月5万から月10万に届くまでの間、具体的に何を考え、何を変えたのかをできるだけ細かく書いておく。今まさに月5万前後で足踏みしている人にとって、何かのヒントになれば嬉しい。

月5万を超えても、まだ「まぐれ」だと思っていた

1年目の後半に月5万を超えたとき、正直まだ半信半疑だった。特定の記事が検索上位に入り、そこからたまたま成果が出ている。そんな感覚だった。保険営業でいえば、たまたま話を聞いてくれたお客様が一人いた、というレベルだ。まぐれで終わる可能性もある。そう思っていた。

実際、月5万を超えた翌月、収益が3万円台に落ちたことがあった。「やっぱりまぐれだったか」と落ち込んだ。1本の記事の順位が落ちただけで、全体の収益が大きく揺れる。土台が細い状態だった。この不安定さが、当時一番の悩みだった。

この時点では、記事は書いた順に並んでいるだけだった。1本1本が独立した点で、点と点をつなぐという発想がなかった。順位が良い記事も、悪い記事も、それぞれが孤立していた。だから、1本の記事の調子が悪くなると、それを補う仕組みが何もなかった。

「点」を「線」にする作業を始めた

月10万に近づいてきた頃、やり方を変えた。新しい記事を書くだけでなく、既に書いた記事同士をつなぐ作業を始めたのだ。

具体的には、当時書いていたジャンルの記事を一覧にして、どのキーワードとどのキーワードが関連しているかを紙に書き出した。「これを読んだ人は、次にこれを知りたいはずだ」という導線を、記事ごとに考えた。たとえば、ある商品の口コミ記事を読んだ人は、次に「他の商品との比較」を知りたくなるはずだ。その予測に沿って、比較記事へのリンクを足していく。

あるキーワードで成果が出た記事があれば、その記事に興味を持つ読者が次に知りたいことは何かを考え、関連記事へのリンクを置く。逆に、既存の記事から新しく書いた記事へもリンクを引く。サイト内を回遊してもらうことで、1本のヒット記事だけに頼らない構造を作ろうとした。

これは保険営業でいう「クロスセル」の発想そのものだった。一人のお客様に一つの商品を売って終わりにせず、そのお客様のニーズを深掘りして次の提案につなげる。記事も同じで、一人の読者を一つの記事で終わらせず、サイト全体で満足してもらう設計に変えた。

1日のスケジュールがどう変わったか

月5万の頃は、平日の朝と夜、合わせて2〜3時間をほぼ新規記事の執筆だけに使っていた。月10万に向けて変えたのは、この時間の配分だった。週のうち2日分は、新規記事を一切書かず、既存記事の読み返しと内部リンクの追加だけに充てるようにした。

最初は「書かない時間」があることに焦りを感じた。記事数が増えないと成果も増えない、という思い込みがあったからだ。でも実際には、書かない日を作ったことで、既存記事の粗が見えるようになった。情報が古くなっている部分、リンクが足りない部分、読者が離脱していそうな箇所。書いている最中には気づけなかったことが、後から読み返すと見えてくる。

量産より、つなぐことを優先した

この時期、新しい記事を増やすペースはむしろ落とした。代わりに、既存記事の見直しと内部リンクの設計に時間を使った。感覚としては、新規記事7割・既存記事の手直し3割だったバランスを、5割5割くらいまで寄せた。

結果として、1本あたりのアクセスは大きく変わらなくても、サイト全体での成果発生数が増えた。一つの記事がきっかけで来た読者が、もう1本、もう2本と記事を読み、どこかのタイミングで成果につながる。個別の記事の力より、サイト全体の”つながり”の力を初めて実感したのがこの時期だった。

数字で見ると、それまで月5万前後で3ヶ月ほど足踏みしていたのが、内部リンクを見直し始めてから2ヶ月ほどで月8万、そのさらに1ヶ月半後に月10万に届いた。新しい記事を書くスピードは落としたのに、収益の伸びるスピードはむしろ上がった。これが一番の手応えだった。

月10万円を超えた日、何を思ったか

月10万円に届いたとき、真っ先に思ったのは「まぐれではなくなった」ということだった。月5万の時点では偶然の要素が大きいと思っていたが、月10万は「やり方を変えたら、狙って伸ばせた」という手応えのある数字だった。

当時のメイン商材は、1件成約あたり2,400円の報酬になるサプリメント系の案件だった。月10万円というのは、単純計算で月に40件以上の成約が発生していたことになる。1本の記事から偶然2〜3件成約する、というレベルではなく、複数の記事から毎日コンスタントに成約が積み上がる状態になって、初めて届く数字だった。この「毎日どこかで動いている」という感覚が、まぐれではないと確信できた一番の理由だった。

会社員の給料でいえば、月10万円は決して大きい金額ではない。でも副業としては、家計にはっきり効いてくる金額だった。子どもの習い事の月謝1〜2人分がまるごと賄えるくらいの実感があり、「続ける意味がある」と初めてはっきり思えた瞬間だった。

妻に、初めて具体的な数字を伝えた

収益がゼロの間、妻には「副業で記事を書いている」とだけ伝えていた。具体的な金額の話はしなかった。「お金にならないことに時間を使っている」と思われるのが怖かったからだ。

月10万を超えたタイミングで、初めて具体的な数字を伝えた。「今月、副業で10万入った」と。反応は、思っていたより落ち着いていた。驚くというより、「そうなんだ、ちゃんと続いてたんだね」という感じだった。

後から聞いた話では、ゼロの期間もずっと様子は見ていたらしい。何も聞かずにいてくれたのは、信頼というより「口を出しても仕方ない」という距離の取り方だったのだと思う。それでも、数字を出せたことで、隠れてやっている感覚から、家族で共有できることに変わった。これも、月10万という金額が持っていた意味の一つだった。

この時から、家計の話をするときに「副業の分」を独立した項目として扱うようになった。会社の給料とは別の財布として管理し、教育費の一部や貯蓄に回す割合を夫婦で決めた。この習慣は、今の家計管理の考え方にもつながっている。

「維持できるか」という新しい不安

月10万に届いて安心したのも束の間、すぐに次の不安が出てきた。「この10万を維持できるか」という不安だ。ゼロから月5万までの不安と、月10万から落ちるかもしれない不安は、種類が違った。前者は「できるかどうか分からない」不安で、後者は「積み上げたものを失うかもしれない」不安だった。

この不安に対しても、答えは同じだった。1本の記事に依存しない構造を作ること。内部リンクで記事同士を支え合う形にしておけば、1本の順位が落ちても、他の記事が補ってくれる。実際、月10万を超えてからも個別記事の順位変動は何度もあったが、サイト全体の収益は大きく崩れなくなっていた。分散させる発想は、この頃から自然と身についていった。

この頃から、働く時間も少しずつ延び始めていた

月10万に届くまでの作業時間は、平日2〜3時間、休日にまとめて数時間という程度だった。ただ、「つなぐ」作業を始めてから、やることの見え方が変わり、気づけば作業時間そのものも少しずつ延びていった。

保険営業の仕事をしながらの作業だったので、平日の睡眠時間を削る形になっていた。当時は「稼げるようになってきたから、もっと時間をかければもっと伸びる」という発想で、削った睡眠時間に対する危機感は薄かった。2年目に月25万に到達した頃には1日12時間近い作業時間になっていたが、その働き方の芽は、この月10万の時期に既に生まれていたのだと思う。

今振り返ると、この時点で「稼ぐ時間」と「休む時間」の線引きをもう少し意識できていれば、後々の働き方も違っていたかもしれない。稼ぐことと健康を両立させる発想を持てるようになったのは、もっと後、体を壊してからのことだった。

月10万から月25万へ、やったことは延長線上だった

月10万を超えてからは、根本的に新しいことをしたわけではない。「つなぐ」という発想を横展開しただけだ。成果が出たジャンルの周辺キーワードで記事を増やし、その記事群の中でさらに内部リンクを密にする。これを繰り返した結果が、2年目の月25万円だった。

月25万に至る過程の詳しい作業量・働き方についてはこちらの記事に書いている。ただ、その土台になった「点を線にする」という発想の転換は、月10万を超えたこの時期に生まれたものだった。

具体的に何を変えたか

当時、月5万から月10万に向けて実際にやっていたことを整理すると、次の3つだった。

  • 成果が出た記事の「周辺キーワード」を洗い出す:1本の記事が当たったら、そのキーワードで検索する人が次に何を知りたいかを考え、関連する疑問を別記事のテーマにした。1つの当たり記事から、平均して3〜4本の関連記事テーマが見つかった
  • 古い記事に、新しい記事へのリンクを足しに戻る:新規記事を書いて終わりにせず、月に数本は過去記事を読み返し、内部リンクを追加する時間を作った。1回の見直しで、平均5〜6本の記事に手を入れていた
  • 「なぜこの記事は成果が出たか」を言語化する:感覚的に当たった記事も、検索意図・競合状況・構成のどこが良かったかを言葉にして、次の記事に再現できる形にした。ノートに1記事ずつ「勝因」を書き留める作業を続けた

特別な裏技があったわけではない。保険営業で当たり前にやっていた「振り返り」と「顧客対応の横展開」を、記事とキーワードに置き換えただけだった。

今ならAIを使って、もっと早く同じことができる

当時、周辺キーワードの洗い出しも、内部リンクの候補探しも、すべて自分の頭とメモ帳でやっていた。1つの記事群を整理するのに、休日を1日つぶすこともあった。

今なら、既存記事のタイトルと見出しをまとめてAIに渡し、「この記事群の中で、内部リンクを足すべき組み合わせを提案してほしい」と聞くだけで、候補がすぐに返ってくる。周辺キーワードの洗い出しも、1記事のテーマを伝えれば、関連する疑問を何十個も出してもらえる。ChatGPTを使った具体的なやり方はこちらの記事にまとめている。

当時の自分がやっていた「振り返りとつなぐ作業」を、今ならAIと一緒にもっと短い時間でできる。体力が落ちた50代でも、ここは十分に戦える部分だと思っている。

今、月10万円を目指す人に伝えたいこと

月5万から月10万への壁は、記事を増やす力より、既にある記事をつなぐ力で越えられることが多い。新しい記事を書く前に、今ある記事同士がちゃんとリンクでつながっているか、一度見直してみてほしい。

今はAIを使えば、記事間のテーマの関連性を洗い出したり、内部リンクの設計を考えたりする作業も格段に早くできる。当時の自分が手作業で何時間もかけていたことが、今なら一部は効率化できる。50代から始めても、道具の力を借りれば十分に追いつけると思っている。

月10万円は、ゴールではなく通過点だ。でも、そこに至る過程で身につく「つなぐ発想」は、その後どんな金額を目指すうえでも土台になる。今、月5万前後で足踏みしているなら、まず新しい記事を書く手を止めて、今ある記事を読み返すところから始めてみてほしい。

そしてもう一つ、当時の自分に伝えたいことがある。「働く時間を延ばすことと、収益を伸ばすことを、同じものだと思わないでほしい」。月10万から月25万への道のりで、自分はその境界を見失いかけた。今、同じ場所に立っている人には、収益の伸ばし方と同じくらい、働き方の伸ばし方にも注意を払ってほしいと思っている。時間をかければ伸びる時期は、いつか必ず終わる。伸ばし方を変える発想を、できるだけ早く持てた方がいい。

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この記事は個人のアフィリエイト経験に基づく記録です。

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