ICUで45日間、死にかけた50代が副業を始めた理由

副業・AI

副業を始めたのは、お金のためだけではなかった。

正確に言うと、お金の問題がきっかけだったのは間違いない。でも、ICUのベッドの上で考えていたのは、もっと根本的なことだった。

「自分という収入源が1本しかない。それが止まったら、この家族はどうなるのか。」

コロナで入院したのは2021年の夏だ。デルタ株が猛威を振るっていた時期で、私は45日間入院した。うちICUに3週間以上いた。意識がなかった期間が5日間ある。

退院してから約1年の休職期間を経て、2026年6月22日にこのサイトを立ち上げた。開設から3週間ほどで、収益はまだゼロだ。それでも「やらない理由がなかった」と思っている。その理由を、正直に書く。

ICUのベッドで考えたこと

意識が戻ったのは、入院から5日後だった。

最初に気づいたのは、体が動かないということだ。手を上げようとしても腕が言うことをきかない。喉に管が入っていて声も出せない。視界がぼんやりとしている中で、看護師の顔が見えた。

「意識が戻りました。」

その言葉を聞いた時、頭に浮かんだのは家族の顔だった。妻と、4人の子どもたち。当時、長男・次男・長女は小学生以下で、三男はまだ妻のお腹の中にいた。

そして次に浮かんだのが、お金のことだった。

今思うと不思議だ。「生きていた」という安堵より先に、「自分がいなかったら、この家族はどうなるのか」という問いが来た。ICUという場所が、それだけ切迫した現実を突きつけるのかもしれない。

家族6人の生活は、私の収入だけで成り立っていた。妻は出産を機に退職しており、住宅ローン・教育費・生活費のすべてが私の給与にかかっていた。その収入源が、突然止まった。

「もし自分が死んでいたら、この家族はどうなっていたか。」

ICUのベッドの上でその問いと向き合った時、「自分という収入源が1本しかない」ことの怖さを、初めてリアルに感じた。保険には入っていた。貯蓄もある程度あった。それでも、あの感覚は「知識」では到達できない場所から来ていた。

▶ このICU入院の詳細は別記事に書いた。コロナICU45日間の記録

休職1年間で見えてきたもの

退院した時、体重は17kg落ちていた。

自宅の階段を上るだけで息が切れた。少し歩くと動悸がした。以前は当たり前にできていたことが、何一つ普通にできない。仕事に戻れる状態ではなかった。

休職が始まった。

最初の数週間は横になっているだけだった。それでも時間だけはあった。子どもたちが学校から帰ってくる声を聞きながら、私はずっと同じことを考えていた。

「このまま回復しても、また同じことが起きたら?」

傷病手当金という制度がある。給与のおおよそ3分の2が最大1年半、支給される。その存在は知っていたし、実際に受け取ることができた。ただ、給与の3分の2で生活費のすべてをカバーできるわけではなかった。子どもの教育費は止まらない。住宅ローンも止まらない。毎月、貯蓄の残高が減っていくのを確認する日々が続いた。

でもその経験より大きかったのは、「働き方そのものへの疑問」だった。

会社員として働くということは、自分の労働時間と健康を会社に提供することで給与を得るということだ。それが止まれば、収入はゼロになる。健康という前提が崩れた瞬間に、収入の仕組みが全部止まる。

「自分の状態に関係なく、何かが動き続ける仕組みを持っていなかった。」

休職中に、その事実と正面から向き合った。

▶ 休職期間の詳細は別記事に書いた。休職1年間で学んだこと

収入が止まった、という現実

実際に収入が減った期間を経験して、見えてきたことがある。

「支出」というのは、収入の変動に関係なく動き続けるということだ。

子ども4人の教育費・習い事・食費。住宅ローン。光熱費。保険料。私が働いていても休んでいても、毎月同じように請求が来る。子どもの給食費は止まらないし、3人分のタブレット教材費も、習い事の月謝も止まらない。それは当然のことで、誰も悪くない。ただ、「当然のこと」が積み重なって、毎月の収支を圧迫していく。

傷病手当金でカバーできる部分はあった。加えて、コロナ入院の際には終身医療保険から給付金が支払われた。入院前のホテル療養分も含めて合計52万円ほどが出た。これには正直、助けられた。

ただ、保険でカバーできるのは「発生した損失の一部」だ。「稼ぐ力」の代わりにはならない。

もう一つ、気づいたことがある。

私はFP2級を持ち、元保険営業マンでもある。お金の知識は人並み以上にあると思っていた。でもその知識が、「自分の稼ぐ仕組みを複数持つ」という行動につながっていなかった。知識はあった。行動していなかった。

その後悔が、副業を考え始めた直接のきっかけになった。

▶ この時期の詳細は別記事に書いた。収入の危機、あの1年間

なぜ「副業」を選んだか

回復期間中、いくつかの選択肢を考えた。

転職:50代での転職は、現実として有利ではない面がある。体がまだ回復途中という制約もあった。条件の良い転職先を探す労力をかけるより、現職に戻りながら別の収入軸を作ることを優先した。

独立・フリーランス:FP2級や保険業界の経験を活かした独立も考えた。ただし、独立には営業力とクライアント獲得の労力が必要で、体力が戻っていない状態では現実的ではなかった。

投資の拡充:NISAや配当株にはすでに取り組んでいた。ただし、投資は「今あるお金を増やす仕組み」であって、「稼ぐ力」とは別のものだ。収入軸を増やすこととは目的が違う。

そして選んだのが、Webコンテンツ・アフィリエイトだった。

理由は3つある。

一つ目は、初期費用がほぼゼロで始められること。サーバー代とドメイン代で月数百円から始められる。回復途中の時期に大きなリスクを取らずに始められる点が、自分の状況に合っていた。

二つ目は、体力や時間に縛られないこと。書いた記事は、その後も動き続ける。自分の体調に関係なく、コンテンツが残り続ける仕組みだ。「自分が動かなくても何かが動く」という構造を、ICUを経験した自分は強く求めていた。

三つ目は、自分の経験がそのままコンテンツになること。FP2級・元保険営業・コロナICU・子ども4人・休職・住宅購入。これらは全部、誰かの役に立てる一次情報だ。有名人の権威も専門家の肩書きも必要ない。「実際に経験した人間の正直な話」として書ける。

▶ 副業を選んだ経緯の詳細は別記事に書いた。副業を始める前に考えたこと

このサイトを始めた日

このサイトを立ち上げたのは、2026年6月22日だ。

最初の記事を書いた日のことを覚えている。画面に向かって自分のコロナ体験を文章にしながら、「これを誰かが読むのだろうか」と思っていた。

今、開設から3週間ほどが経った。正直に言う。PVはまだ少なく、アフィリエイト収益はゼロだ。

それでも後悔していない。

ICUで死にかけた経験が、「やらない理由を探すこと」をやめさせた。50代という年齢も、まだ結果が出ていないことも、始めない理由にはならなかった。始めなければ何も変わらない。始めれば、少なくとも変わる可能性がある。

このサイトは、私と同じように「このままでいいのか」と感じている50代の方に読んでほしいと思って作っている。

最後に一つ、聞いてもいいですか。

あなたが副業を考え始めたきっかけは何ですか?

そのきっかけを言葉にすることが、自分に合った副業を選ぶ上で一番大切な作業だと思っている。

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50代の副業選びで最も大切なのは、「自分に合っているか」です。時間の使い方・得意なこと・収益目標など、10問に答えるだけでタイプが診断できます。ボタンを押すとGoogleフォームが立ち上がります。メールアドレスを入力して回答すると、診断結果がすぐに届きます。副業選びの参考にしてみてください。

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