休職して1年間。会社に行かない日々が続いた。
復職して半年で再休職。傷病手当金を受け取りながら、体調の回復を待つ毎日。「何もしていない」ように見えて、実は多くのことを学んだ1年間だった。
休職は2回目だった。1回目は「休めば治る」と信じていた。2回目は違った。「治らないかもしれない」という前提で、この時間をどう使うかを考えた。結果的に、その考え方の転換が一番の学びだったと思う。
健康と家庭を最優先にする生き方|休職で変わった価値観
休職して最初に変わったのは、優先順位だ。
会社員時代は仕事が最優先だった。体調が悪くても出社した。家族の行事より仕事を選んだこともある。それが「当たり前」だと思っていた。
休職して、その優先順位がひっくり返った。自分の健康が第一。家庭が第二。仕事は第三。この順番にしないと、体が持たない。慢性疲労症候群は、無理をした翌日に確実にツケが回ってくる。だから、無理をしない。それが最優先のルールになった。
散歩の代わりにショッピングモール|体力との折り合い
医師からは「できる範囲で体を動かしてください」と言われている。だが、散歩すら難しい日がある。外に出て歩くだけで疲れて、帰ってきたら数時間寝込む。
そこで見つけた方法が、週末に子どもたちとショッピングモールに行くことだ。買い物をしながら自然と歩く。子どもたちが楽しんでいるから、自分も無理なく歩ける。「散歩」だと義務感があるが、「家族で買い物」なら楽しみながら体を動かせる。
とはいえ、すぐに疲れが出る。翌日に影響することもある。だから、週末は必ず1時間ほど昼寝をするようにしている。リモートワークの日の90分仮眠と同じで、休息を計画に組み込む。無理なく動くために、休みを先に確保する。
健康な人は「やりたいことリスト」を作る。自分は「やらないことリスト」を作った。長時間の外出はしない。人混みには行かない。予定を詰め込まない。「やらないこと」を決めると、限られた体力を本当に大事なことに使える。子どもとの時間、妻との会話、このサイトの構想。優先順位がクリアになった。
毎日の朝食作り|小さな習慣が自信になる
休職中に始めた習慣の一つが、毎日の朝食作りだ。
おにぎり、トースト、サンドイッチ。簡単なものばかりだ。でも、毎朝家族のために何かを作る。それが「自分にもできることがある」という自信につながった。
週末や休みの日は3食作る。子どもたちのご飯を作る父親でいたい。体力がなくても、料理ならできる。立っているのがつらければ座って野菜を切る。火を使うのがきつければ電子レンジで済ませる。やり方を工夫すれば、体調が悪い日でもなんとかなる。
「強いパパ」ではなくなったが、「ご飯を作るパパ」ではいられる。その実感が、休職中のメンタルを支えてくれた。
休職中、一番つらかったのは「社会に貢献できていない」という感覚だった。会社に行かない。お金を稼がない。誰の役にも立っていない。そう感じる日があった。でも、朝ごはんを作って「おいしい」と言ってもらえた時、その感覚が少し和らいだ。家族の役には立っている。社会は会社だけではない。家庭も社会だ。
会社員として見えていなかったこと|引き継ぎと感謝
休職して初めて気づいたことがある。引き継ぎの大切さだ。
自分が突然いなくなった時、仕事がどうなるか。休職前は「自分がいないと回らない」と思っていた。実際は回った。自分がいなくても、会社は動き続ける。その事実を突きつけられた。
同時に気づいたのは、周囲との連携の仕方だ。自分がいなくても回る仕組みを作っておくことの大切さ。復職後、業務のマニュアルを丁寧に作るようになった。もし自分が再び休職することになった時、もし別の誰かに引き継ぐ時。その時のために、今やっていることを全部文書に残す。
実際のところ、今も職場は人手不足で困っている。こんな体調の自分にもしわ寄せが来るくらいだ。だからこそ、できることは丁寧にやる。マニュアルを作り、周りに常に感謝の言葉をかける。怒らない。平常心。
「落ち着いている人」という評判|仕事ができるかは別問題
おかげで、職場での自分の評判が変わった。
「落ち着いている人」「優しい人」「何があっても動じない人」「頼れる大人」。休職前にはなかった評価だ。
皮肉なものだ。以前はバリバリ仕事をこなして、成果で評価されようとしていた。今は体力的にバリバリは無理。でも、「人としての在り方」で評価してもらえるようになった。仕事ができるかどうかは別問題。でも、「一緒に働きたい」と思ってもらえることに価値がある。
休職前は「できる人」を目指していた。休職後は「いい人」を目指すようになった。生産性では若手に勝てない。でも、チームの空気を良くすること、困っている人に声をかけること、無駄な対立を避けること。こういう「見えない貢献」は経験がないとできない。50代の強みはここにあると気づいた。
若い頃は「目立つ成果」がすべてだと思っていた。売上を上げる、プロジェクトを成功させる、昇進する。でも今は「目立たない貢献」の方が組織にとって重要だと思っている。新人の相談に乗る。議論が紛糾した時に整理する。ミスした人をフォローする。こういう役割は、修羅場をくぐってきた50代だからこそできる。
休職して体力を失った代わりに、「在り方」で貢献する力を手に入れた。トレードオフとしては悪くない。
休職がなければ、この変化はなかっただろう。全力で走り続けていたら、「仕事ができる人」ではいられたかもしれないが、「頼れる大人」にはなれなかった。
休職中に見つけた「自分にしかできないこと」
休職中、AIに出会った。このサイトを立ち上げた。ChatGPTで食事管理を始めた。
どれも、休職していなければ出会わなかったものだ。会社員として忙しく働いていたら、AIを触る時間もブログを書く時間もなかった。
休職は「何もできない時間」ではなかった。「今までできなかったことをする時間」だった。体は休ませながら、頭は少しずつ動かす。15分だけ作業して、1時間休む。その繰り返しで、55歳独立の土台を作り始めた。
休職を経験した方へ
休職は恥ずかしいことではない。体が「止まれ」と言っているだけだ。
自分も最初は受け入れられなかった。「なぜ自分だけ」「みんな働いているのに」。そう思って自分を責めた。でも、責めても体は回復しない。むしろメンタルが悪化して、回復が遅れた。
「休むことは仕事だ」。ある日、主治医に言われた言葉だ。体を回復させることは、復職するための最優先タスクだと。この言葉で、少しだけ楽になれた。
休職中に読んだ本がある。慢性疲労症候群に関する本ではなく、ビジネス書だ。『エッセンシャル思考』。「より少なく、しかしより良く」。まさに今の自分に必要な考え方だった。できることが少ないなら、少ないなりに質を上げる。全部やろうとしない。一番大事なことだけやる。
この考え方は、復職後の働き方にも、55歳独立の計画にも、そして家族との時間の使い方にも活きている。休職1年間で得た最大の財産は、「体力」ではなく「考え方」だった。
止まっている間に見えるものがある。走っている時には気づかなかったものが見える。家族のこと、自分の体のこと、本当にやりたいこと。
自分の場合、休職1年間で学んだことは3つだ。
- 健康と家庭を仕事より上に置くこと
- 自分がいなくても回る仕組みを作ること
- 止まっている時間にこそ、次の一歩の準備ができること
もし今休職中の方がいたら、自分を責めないでほしい。「休んでいるのに何もできていない」と思う日がある。でも、体を休ませること自体が「やっていること」だ。回復のために休むことは、怠けとは違う。
そして、もし少しでも体力が残っている日があったら、何か一つだけやってみてほしい。朝ごはんを作る。散歩する。ブログを1行書く。その「一つ」が、明日の自信につながる。
休職は終わりではない。次のステージへの準備期間だ。そう思えたから、今の自分がいる。
あの1年間に感謝している。つらかった。不安だった。でも、あの時間がなかったら、このサイトは生まれなかった。55歳独立の夢も持てなかった。朝ごはんを作る習慣も身につかなかった。人生で一番何もできなかった1年間が、人生で一番多くのことを教えてくれた。
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この記事は休職期間中の個人の体験記録です。
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