コロナ後遺症の慢性疲労症候群|50代会社員が働きながら付き合う記録

慢性疲労症候群と付き合いながら働くということ|昨日できたことが今日はできない 健康と働き方

昨日できたことが、今日はできない。

これがコロナ後遺症の慢性疲労症候群だ。何をすれば大丈夫なのか、今でもつかめない。説明できないことがあるのがもどかしい。

コロナでICUに入り、退院してから何年も経つ。体は動くようになった。仕事にも復帰した。でも、慢性疲労だけは消えない。これと付き合いながら働くということの記録を残しておきたい。

慢性疲労症候群とは|見えない障害のリアル

慢性疲労症候群は、休んでも取れない極度の疲労が続く状態だ。風邪を引いた時の倦怠感が、何か月も、何年も続くと想像してほしい。

見た目は普通だ。歩けるし、話せるし、笑える。だから周囲には「元気そう」に見える。「よくなった?」と聞かれて「だいぶ良くなりました」と答える。でも本当は、全盛期の7割の体力で毎日をやりくりしている。

見えない障害だからこそ、理解されにくい。「怠けている」と思われているのではないか。その不安が常にある。

病院で「慢性疲労症候群」と診断されても、周囲の理解を得るのは難しい。インフルエンザなら「大変だね、お大事に」と言われる。骨折なら「無理しないで」と言われる。でも慢性疲労は「いつ治るの?」と聞かれる。「わからない」と答えるしかない。その「わからない」が、相手を不安にさせることもわかっている。

一番つらい症状|倦怠感という名の重力

一番つらいのは倦怠感だ。

体に重力が増したような感覚。普通に歩いているだけなのに、足に重りをつけているような。椅子に座っているだけなのに、背中に荷物を背負っているような。その重さが一日中続く。

昨日は普通にできたことが、今日はつらい。同じ作業、同じ距離、同じ時間。なのに体が拒否する。「なぜ今日はダメなのか」が自分でもわからない。天気のせいか、睡眠のせいか、食事のせいか。原因が特定できないから、対策が立てられない。

これが何年も続いている。

朝起きた時点で体が重い日がある。シャワーを浴びるだけで休憩が必要な日がある。歯を磨くのすら面倒に感じる日がある。こう書くと「大げさだ」と思われるかもしれない。でもこれが慢性疲労のリアルだ。

健康だった頃の自分なら「気合が足りない」と思っただろう。野球やバレーをやっていた体力自慢の自分が、シャワーで疲れる。その落差が、余計に精神的にきつい。

調子のいい日と悪い日|7割と3割の差

調子のいい日でも、以前の7割くらいしか動けない。全盛期に野球やバレーをやっていた体からすれば、常に3割引きの状態で生きている。

調子が悪い日は3割くらいまで落ちる。倦怠感がひどくなると、思考力も記憶力も一緒に落ちる。会議で話を聞いていても頭に入らない。メモを取る手が動かない。翌日になると、前日の記憶がなかったりする。「昨日何の会議だったっけ」と本気で思い出せない。

この7割と3割の間を、毎日行ったり来たりしている。朝起きた時点で「今日は何割だろう」と自分の体に聞く。それが日課になっている。

悪い日の過ごし方|1時間の休憩か、丸一日休むか

調子が悪い日の対処法は二つ。

一つは、1時間くらい横になって休憩すること。ベッドに横になり、目を閉じて体を休ませる。これで午後から復活できる日もある。リモートワークだからこそできる対処法だ。

もう一つは、朝から丸一日休むこと。起きた時点で「今日は無理だ」とわかる日がある。そういう日は無理に動かない。有給を使って休む。午後から復活できる時もあるが、厳しい時は3日ほど引きずる。

3日引きずると、1週間の大半が使いものにならない。その間、仕事は溜まる。同僚に迷惑がかかる。罪悪感が積み重なっていく

予測できない体|パターンが見つからない

一番もどかしいのは、パターンが見つからないことだ。

「この条件なら大丈夫」「これをやったら悪くなる」。そういう法則がわかれば対策が立てられる。でも、慢性疲労症候群にはそれがない。

よく寝た日でも悪い時がある。逆に、睡眠が浅くても比較的動ける日もある。食事を気をつけても、ChatGPTで栄養管理していても、体調は自分の意思とは無関係に変動する。

食事も影響するのではないかと思い、ChatGPTで食事管理を始めた。栄養バランスが崩れると体調も崩れやすい気がする。でも、完璧に管理した日でも悪い時は悪い。結局、「これをやれば大丈夫」という確実な方法は見つかっていない。

睡眠も試行錯誤している。早く寝る。昼寝を取る。寝具を変える。でも「よく寝た」と思った翌日に最悪の体調になることもある。逆に、眠りが浅かった日に意外と動けることもある。法則が見つからない。

天気や気圧の影響は感じる。低気圧の日は特にきつい。出社日が低気圧と重なると最悪だ。でもこれも「低気圧=必ず悪い」ではない。大丈夫な日もある。だから余計に予測できない。

周囲への説明の難しさ

「慢性疲労症候群です」と言っても、伝わらないことが多い。名前に「疲労」と入っているのが良くないのかもしれない。「慢性的に疲れてるんでしょ?」と軽く受け取られがちだ。実際には「疲労」ではなく「機能障害」に近い。体のシステムが正常に動いていない感覚。

「疲れやすいんですね」と言われる。そうだけど、そうじゃない。普通の「疲れ」とは質が違う。寝れば治る疲れではない。休んでも取れない疲れ。体がシャットダウンする感覚。電池が切れるように、突然動けなくなる。さっきまで普通に話していたのに、急に言葉が出なくなる。頭が真っ白になる。そして横にならないと持たなくなる。これを「疲れ」と呼ぶのは違うと思う。

かといって、毎回詳しく説明するのも疲れる。だから「ちょっと体調が」で済ませてしまう。理解してもらえないことに慣れてしまっている自分がいる。

妻はわかってくれている。過剰に心配するでもなく、普通に接してくれる。その距離感に救われている。

AIが慢性疲労の味方になった

ChatGPTとClaude Codeは、慢性疲労の自分にとって欠かせないパートナーだ。

記憶力が落ちた分、AIが覚えてくれる。思考力が落ちた分、AIが整理してくれる。15分しか集中できなくても、AIとの対話なら成果物が残る。

慢性疲労の自分にとって、AIは「体力の借金」を減らしてくれるツールだ。30分かかる作業を10分で終わらせて、20分休める。その20分がなければ、次の30分に取りかかれない。AIがなかった時代にコロナ後遺症になっていたら、もっと苦しんでいたと思う。

このサイトも、Claude Codeなしでは作れなかった。100本の記事構成を考え、一つひとつ書いていく。一人では到底無理な作業量を、AIがカバーしてくれている。慢性疲労でも「何かを作れる」。その希望がある限り、前を向ける。

病気になる前の自分に戻りたいとは、もう思わない。戻れないからだ。代わりに、今の自分にできることを最大化する。それがAIであり、リモートワークであり、ストック型収入だ。慢性疲労が教えてくれたのは「限界を知ること」と「限界の中で最善を尽くすこと」だった。

AIで作業を効率化して、空いた時間で休む。このサイクルがなかったら、仕事を続けられていない。55歳独立を目指しているのも、体が動かなくても仕組みが稼いでくれる状態を作りたいからだ。

慢性疲労と付き合いながら生きるということ

治るのかどうか、正直わからない。医師にも「個人差があります」と言われている。

治ることを期待して待つのではなく、この状態を前提にして生活を設計する。それが今の自分のスタンスだ。

7割の日は7割なりに動く。3割の日は3割なりに休む。無理をしない。でも、止まらない。子どもたちのご飯を作ること家計を管理すること、このサイトを書くこと。できることを、できる分だけ続ける。

同じように慢性疲労で苦しんでいる方がいたら伝えたい。あなたは怠けているのではない。体が悲鳴を上げているだけだ。その声を無視せず、休む自分を許してあげてほしい。

「こんなに頑張っているのに」と思わなくていい。頑張れない日があるのは当然だ。7割の日に7割働いて、3割の日に3割休む。それで十分だ。完璧を目指さない。「今日生き延びた」。それだけで合格だ。

この病気と付き合い始めてわかったことがある。健康は失って初めて価値がわかる。でも、失ってからでも、新しい生き方は見つかる。体力が10だった頃には見えなかった世界が、体力が3になった今、見えている。それは悪いことばかりではない。

たとえば、家族と過ごす時間の質が変わった。体力がある頃は「一緒にいる」だけで満足していた。今は限られた体力の中で「何をするか」を選ぶようになった。子どもたちのご飯を作ること、妻と話をすること。体力がないからこそ、本当に大切なことに体力を使うようになった。

慢性疲労は終わりが見えない戦いだ。でも、戦い方は見つかりつつある。完璧に治ることを期待するのではなく、この状態を前提にして人生を設計し直す。それが、今の自分の生き方だ。

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この記事はコロナ後遺症による慢性疲労症候群に関する個人の体験記録です。症状や治療については必ず主治医にご相談ください。

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