子ども4人の食事を毎日作っている。
朝食は自分が担当。夕食は妻。週末と休みの日は3食とも自分が作る。大家族の食事作りは、体力も時間もかかる。でも、家族のためにご飯を作る時間は、自分にとって大事な時間だ。
朝食担当の父親|おにぎり・トースト・サンドイッチ
毎朝の朝食は自分が作っている。
メニューはシンプル。おにぎり、トースト、サンドイッチ。凝ったものは作らない。慢性疲労がある体で朝から手の込んだ料理は無理だ。でも、「パパが作ってくれた朝ごはん」を毎日食べて学校に行く。それだけで十分だと思っている。
子どもたちはそれぞれ好みが違う。長男はおにぎり派。次男はトースト派。長女は気分で変わる。三男はまだ何でも食べる。4人分の「今日は何がいい?」を聞いて、3種類くらいのメニューを同時に準備する。
朝の台所は戦場だ。フライパンでトーストを焼きながら、おにぎりを握り、サンドイッチの具を切る。同時進行で4人分を準備する。コーヒーも淹れる。自分の分の食事管理もある。ChatGPTに「今日の朝食」を送るのは、子どもたちを送り出した後だ。
時間にすると30分くらい。以前はもっとかかっていたが、毎日やっていると効率が上がる。どの順番で何を作れば最短で済むか、体が覚えている。慣れればルーティンだ。
夕食は妻に任せる|平日の役割分担
平日の夕食は妻が作ってくれている。
ChatGPTで食事管理を始めた時に気づいたのだが、妻の料理は予想以上に栄養バランスが良かった。意識して作っているわけではない。長年家族のために作り続けてきた結果、自然とバランスの取れた食事になっていた。
だから、平日の夕食は安心して妻に任せている。その分、朝食と週末の食事で自分が担当する。家族運営の役割分担として、食事は夫婦で分けるのが我が家のスタイルだ。
週末の食事作り|残り物を片づけるイメージで
週末と休みの日は3食とも自分が作る。
メニューは基本的に子どもたちが食べたいものを聞く。ただし、冷蔵庫の中から選んでもらう。好きなものを際限なくリクエストされると困るから、「冷蔵庫にあるもので何がいい?」と聞く。
もう一つ意識しているのは、平日の妻の夕食作りに食材を残すこと。週末に使い切ってしまうと、月曜の妻が困る。だから、週末は残り物を片づけるイメージで作っている。賞味期限が近いもの、中途半端に余っている野菜、開封済みの食材。これらを組み合わせて1品作る。
見た目は地味だが、フードロスが減る。
冷蔵庫の中を見て「これとこれで何が作れるか」を考えるのは、実はけっこう楽しい。パズルみたいなものだ。中途半端に余ったキャベツとにんじんと豚肉。「回鍋肉にするか」。半端なじゃがいもとタマネギ。「味噌汁に入れよう」。こういう即興料理が、週末の定番になっている。家計にも優しい。お金の見える化をしている身としては、食費の無駄も気になる。
常備菜を作っておく|妻が楽できるように
できる範囲で、常備菜を作っておくことも心がけている。
きんぴらごぼう、ひじきの煮物、ポテトサラダ、味玉。週末に作っておけば、平日の妻の夕食作りが楽になる。「あと一品」が冷蔵庫にあるだけで、妻の負担が減る。
妻が心配を顔に出さずに支えてくれていることへの恩返しだと思っている。言葉だけではなく、行動で感謝を示す。常備菜を作るという小さな行動が、妻への「ありがとう」の代わりだ。
ただし、体調が悪い日は無理しない。常備菜がゼロの週末もある。それでも妻は文句を言わない。その柔軟さが、我が家のチーム運営の強みだ。
好き嫌いへの対応|食事の時間を苦痛にしない
4人の子どもがいれば、好き嫌いもバラバラだ。
基本方針は「なるべく対応してあげる」。食事の時間が苦痛になってほしくないからだ。「嫌いなものも食べなさい」と強制すると、食卓が戦場になる。4人分の戦場は親のメンタルが持たない。
それでもどうしても食べてほしい食材がある時は、細かく刻んでわからないように入れる。ハンバーグに野菜を混ぜる。カレーに苦手な食材を溶け込ませる。古典的だが、効果はある。子どもたちが「今日のハンバーグ美味しい!」と言ってくれて、実はニンジンが入っていることを後から伝えると「えー!」と驚く。その反応を見るのが密かな楽しみだ。
ただ、無理に食べさせることはしない。「一口だけ食べてみて」はお願いするが、それでもダメなら引く。食事の時間が「嫌な時間」になるのだけは避けたい。
6人で食卓を囲むと賑やかだ。誰かが牛乳をこぼし、誰かがおかわりを要求し、誰かが「これ嫌い」と言い、誰かが学校の話を始める。カオスだ。でもこのカオスが、4人の子どもがいる家庭の日常であり、一番幸せな時間でもある。ICUで一人で天井を見つめていた45日間を思えば、このカオスがどれだけ贅沢なことか。家族6人で食卓を囲む時間は、栄養摂取の場ではなく、コミュニケーションの場だ。
大事なのは、「ご飯の時間が楽しい」と思ってもらうこと。栄養バランスも大事だが、家族で食卓を囲む時間そのものに価値がある。
食事管理と料理の両立|自分で作るからコントロールできる
糖尿病の食事管理をしている自分にとって、料理を作る側であることはメリットだ。
材料を自分で選べる。調味料の量を自分で調整できる。油の量、塩分、糖質。作る段階でコントロールできるから、食べる段階で我慢しなくていい。
外食だとコントロールが難しい。何がどれだけ入っているかわからない。でも自炊なら、ChatGPTに「今日作ったもの」を送れば正確な栄養評価が返ってくる。自炊×AI管理。これが自分に合った食事管理法だ。
面白いのは、料理をするようになってから食への意識が変わったことだ。スーパーで食材を選ぶ時、成分表示を見るようになった。塩分、糖質、脂質。以前は値段しか見ていなかった。今は「この食材をこう調理すれば、糖質を抑えられる」と考えながら買い物する。
子どもたちにも「このお肉は何グラムでいくら」「このキャベツは国産で○○円」と話しかけることがある。教育費だけが教育ではない。スーパーの買い物も、料理の手伝いも、お金と食と生活の教育だ。
大家族の食事作りは大変だ。でも、家族6人分のご飯を作って、みんなで食べて、「おいしい」と言ってもらえる瞬間がある。その瞬間のために、明日も台所に立つ。体がしんどくても、椅子に座りながらでも、レトルトでも。続けることに意味がある。
休職中に始めた朝食作りは、復職後も続いている。もう3年以上になる。始めた頃と比べると、レパートリーは格段に増えた。「パパのチャーハンが食べたい」「パパのサンドイッチがいい」。リクエストが来るようになったのは、続けてきた結果だと思う。
大家族の食事作りで大事なこと
大家族の食事作りで大事なのは、完璧を目指さないことだ。
4人分の好みを全部満たすのは無理。栄養バランスを毎食完璧にするのも無理。体調が悪い日にフルコースを作るのも無理。
おにぎりだけの朝もある。レトルトカレーの夜もある。それでいい。大事なのは「続けること」だ。完璧な1日より、そこそこの365日。
体調が悪い日のメニューはこうだ。朝はシリアルと牛乳。昼はカップラーメンとおにぎり。夜はレトルトカレー。これでいい。「今日は無理だ」と判断したら、潔く手を抜く。罪悪感はない。明日また作ればいい。
料理は、慢性疲労の自分にとって体力を使う作業だ。立ちっぱなしは15分が限界の日もある。そんな日は椅子に座って野菜を切る。鍋に入れて煮るだけのスープを作る。工夫すれば、座ったままでも一品作れる。
「強いパパ」ではなくなった。でも、「ご飯を作るパパ」ではいられる。子どもたちが大人になった時、「パパの朝ごはん」の記憶が残っていたら嬉しい。味ではなく、「毎朝作ってくれた」という事実が残る。それが、自分にとっての子育てだ。
実は、料理を始めたのは独立時代だ。アフィリエイトで独立していた頃、在宅で仕事をしていたから自然と料理を担当するようになった。最初は目玉焼きすら満足に作れなかった。YouTubeで作り方を見て、失敗して、また作って。そうやって少しずつ上達した。
今では子どもたちから「パパの○○が食べたい」とリクエストが来る。それが一番のモチベーションだ。チャーハン、ハンバーグ、唐揚げ。子どもウケする定番メニューは一通り作れるようになった。プロの味には程遠いが、「パパの味」として子どもたちの記憶に残ってくれれば、それで十分だ。
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この記事は大家族の食事に関する個人の記録です。

