1年半の休職中、家でどう過ごしたか。在宅生活で気づいた「住まいの大切さ」

住まい

1年半の休職中、私は家のどこにいたのか。

最初の休職から2回目の休職まで、合計で約1年半を自宅で過ごした。ICU入院を経て退院し、後遺症と戦いながら、毎日家の中で時間を過ごした。体が動かない日、気力が湧かない日、ただ天井を見ている日。そういう時間が積み重なっていく中で、「家とはどういう場所か」について、これほど深く考えたことはなかった。

働いていたころ、家は「帰る場所」だった。疲れて帰り、寝て、また出かける。それだけだった。でも1年半を家の中で過ごして初めて、家は「生きる場所」なのだとわかった。その気づきが、今の住まいの使い方を変えてくれた。

定位置はリビングのソファだった

退院してから、体が思うように動かなかった。

2階のベッドで横になっていれば体は休められる。でもそうすると、家族と完全に隔離されてしまう気がした。子どもたちの声が聞こえない、妻の気配も感じない。その孤独感が、体の辛さより怖かった。

だからリビングのソファを「定位置」にした。家事をして疲れたらソファで休む。子どもたちが学校から帰宅すればそこで顔を見られる。妻が夕食を作る音もそこから聞こえる。テレビをつけてぼんやりしながら、家族の生活音の中にいる。

「迷惑をかけたくない」という気持ちから、部屋に閉じこもりたくなることがある。でも生活音の中にいることが、孤独感を和らげてくれた。誰かが「おかえり」と言う声、夕食の匂い、子どもたちの笑い声。それだけで「自分はここにいていい」という感覚が戻ってくる。ソファは私にとって「家族の中にいながら横になれる場所」だった。

孤独な療養より、生活音の中にいる療養のほうが、精神的にずっと安定する。これは経験してみて初めてわかったことだ。

2階への階段が、リハビリになった

体力が落ちた状態での階段は、思った以上に負荷がかかる。

退院直後は2階まで洗濯物を持っていくことすらできなかった。我が家は天日干しが基本で、2階のベランダに干すのが日常だった。でも体力が落ちた私には、濡れた洗濯物を持ちながら階段を上ることができなかった。結果として、その時期はすべて浴室乾燥にかけていた。乾燥機はないので、浴室乾燥に頼るしかなかった。

ただ、だからこそ「今日は2階まで上がれた」という小さな達成が自信になった。最初は手すりを使いながら、ゆっくりと。それが少しずつ、普通のペースで上れるようになっていく。

「1階と2階を3往復できた」という積み重ねが、少しずつ体を取り戻す感覚をくれた。特別なリハビリ施設に行かなくても、自宅の中に「回復のための負荷」はあった。家の構造そのものが、リハビリのコースになっていた。これは休職してみて初めて気づいたことだ。

エアロバイクを買った。その理由と今

回復の途中で、エアロバイクを購入した。

外に出て走ることはまだ難しかった。体調が悪い日は外に出るだけでエネルギーを使い、戻ってきたときには疲れ果てている。天候にも左右される。でも「体を動かす習慣だけは取り戻したい」という気持ちは強かった。

家の中で、天候に関係なく、自分のペースで有酸素運動ができるエアロバイクは、当時の私の状況にぴったりだった。体調の良い日は少し長めに、悪い日は5分だけでもいい。自分でコントロールできるのが良かった。

最初の1年ほどはリハビリとして毎日乗った。少しずつ負荷を上げながら、体が動く感覚を確認していた。「昨日より今日のほうが長く漕げた」という小さな積み重ねが、回復への手ごたえになった。

今は正直あまり使えていない。でも「使わないとな」という気持ちは持ち続けている。あのときに買った選択は正しかったと思っている。体が動かせない時期にでも「運動できる環境」を家の中に作ったことが、回復への意欲につながった。道具があるというだけで、気持ちが前向きになる部分はある。

趣味が変わった。スポーツから料理へ

休職前の私の趣味は体を動かすことだった。野球、バレーボール。チームスポーツが好きで、仕事終わりや休日に体を動かすのが習慣だった。

でも1年半を家の中で過ごす中で、自然と料理をするようになった。朝ごはんは転職してから結婚後もずっと私の担当だったが、休職中は昼食の準備や夕食の下ごしらえも、体調が許す範囲でやるようになった。

料理は体への負荷が少ない割に、達成感がある。切る、炒める、盛りつける。一つひとつの作業が完結していて、結果がすぐに出る。そして家族に「おいしい」と言ってもらえる。

休職中の自分に足りていたのは「誰かの役に立てている」という感覚だった。仕事をしていないことへの罪悪感が常にある中で、料理は「今日も家族の食事を作れた」という小さな貢献を毎日くれた。それが積み重なって、少しずつ自己否定の感覚がやわらいでいった。

野球やバレーボールは今でも好きだが、料理が日常の一部になった。朝ごはんを作ることが一日のリズムをつくっている。休職がなければ、ここまで料理に向き合わなかったと思う。

家の動線が、生活の質を決める

体が不自由な時期に気づいたのは、家の動線の重要さだ。

トイレまでの距離、キッチンまでの距離、ソファから立ち上がるときの手すりの有無。こういった細かいことが、体の悪いときの生活の質に直結する。

我が家はトイレが1階と2階に2つある。休職中にこれが非常に助かった。体調が悪い日に2階のトイレまで上がる必要がなく、1階で完結できる。住宅購入時にはトイレが2つあることをそこまで重視していなかったが、実際に使ってみると生活への影響が大きかった。

浴室の広さも同様だ。体力が落ちているとき、狭い浴室での立ち上がりは転倒リスクになる。広い浴室であれば、壁に手をつきながら安全に動ける。これは老後の問題だと思っていたが、50代でも関係があった。


長期在宅で気づいた、持ち家のメンテナンス

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住まいの設計を考えるとき、「元気なときの使い勝手」だけではなく「体が弱ったときの動線」も意識しておくと、長期的に住みやすい家になる。これは休職を経験して初めてわかったことだ。

在宅時間が長くなる前に知っておいてほしいこと

病気や休職に限らず、リモートワークや育児休暇など、家にいる時間が長くなることは誰にでも起こりうる。

そのとき、家の中に「自分の居場所」があるかどうかが重要だ。ソファでも、仕事部屋でも、キッチンでもいい。「ここにいると落ち着く」という場所が一つあるだけで、長い在宅期間の精神的な安定が変わる。

体を動かす環境も、できれば家の中に用意しておくといい。外に出られない時期が来たとき、室内で体を動かせる手段があるかどうかは大きな差になる。エアロバイクや軽いストレッチ器具でも十分だ。「動ける環境がある」という安心感が、回復への意欲を支えてくれる。

そして、家族の気配が感じられる場所に居続けることを恐れないでほしい。「迷惑をかけたくない」と部屋に閉じこもりたくなる気持ちはわかる。でも生活音の中にいることが、孤独感を和らげてくれる。家族の存在を感じながら休むことが、精神的な回復には不可欠だった。

長期在宅を経験して変わった、家への価値観

1年半の休職前と後では、家に対する考え方が大きく変わった。

以前は「広さ」や「立地」がすべてだと思っていた。でも実際に長期間住み続けてみると、「どこで何をするか」という動線と、「家族の気配を感じながら自分の時間を持てるか」という両立が、暮らしやすさの本質だとわかった。

もしこれから住まいを選ぶ機会があるなら、元気なときだけでなく「体が弱ったとき」「長く家にいるとき」を想定して見てほしい。1階だけで生活が完結するか、手すりの設置がしやすい構造か、日中に光が入るか。これらは老後だけの問題ではなく、50代でも十分に関係することだった。

休職はつらい経験だったが、「家とは何か」を深く考えるきっかけをくれた。その気づきは、今の暮らしを少し豊かにしてくれていると思っている。

まとめ

1年半の休職を通じて、私が気づいた「家の使い方」をまとめる。

  • 定位置はリビングのソファ。家族の気配を感じながら休める場所を持つ
  • 階段の上り下りもリハビリになる。家の構造を活かして少しずつ体を動かす
  • 室内で体を動かせる環境(エアロバイクなど)を作っておく
  • 料理など「誰かの役に立てる行動」が、休職中の自己肯定感を支えてくれる
  • 動線を意識する。元気なときと体が弱ったときでは、必要な動線が変わる
  • 「迷惑をかけたくない」と閉じこもらず、家族の生活音の中にいることを選ぶ

在宅時間が長くなるとき、家の環境を整えておくことが体と心の回復に直結する。それが1年半の休職から得た一番の気づきだった。体の回復を支えてくれたのは、医療だけでなく、毎日過ごす「家そのもの」だったと今は思っている。

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