子どもに「パパは病気」とどう伝えたか|ICU・休職を経験した50代父親の記録

子育てと家族

コロナでICUに入り、退院後は休職した。その間、子どもたちに「パパはどうしたのか」をどう伝えたか。これは、あまり語られない話だと思う。

正直に書く。

入院した時、長男は小学1年生だった

2021年の夏、私はコロナで45日間入院した。うちICUに3週間以上いた。意識があったのは最初の数日と、目覚めてからの話だ。

その時、上の子は7歳。小学1年生だった。下の子たちはさらに幼かった。

「パパがコロナで入院した」と妻が伝えたらしい。ただ、当時の長男の反応は「あまりよくわかっていなかった」ようだ。

7歳の子どもに「ICU」「人工呼吸器」「生死の境」は、言葉としてはわかっても実感はない。コロナというものの怖さも、まだ体験として知らない。

だから子どもたちは、意外なほど普通だったらしい。

「パパがいない」ことより「パパがいる」ことが嬉しかった

退院後、私は休職した。体が動かなかった。体重は17kg落ちていた。階段を上るだけで息切れした。

でも家にいた。

子どもたちにとって、それが一番わかりやすい変化だったと思う。パパが毎日家にいる。それだけで、子どもたちは嬉しそうだった。

「なんでパパは会社に行かないの?」と聞かれた。「体の調子が悪くて、家で休んでいるんだよ」と答えた。それ以上の説明は、当時の子どもたちには必要なかった。

子どもの世界は狭い。パパがICUにいた恐怖よりも、今日パパと一緒にいられるかどうかの方が、ずっとリアルだ。ある意味で、子どもが小さかったからこそよかったのかもしれない。

5年後、長男は「大変だったんだね」と言えるようになった

あれから5年が経った。

長男は今、小学6年生だ。ある日、当時の話をした。コロナのこと、ICUのこと、意識がなかった5日間のこと。

長男は静かに聞いていた。そして言った。

「大変だったんだな」

それだけだった。でも、その一言が嬉しかった。小学1年生の頃にはわからなかったことが、今の長男になって少しわかるようになっている。子どもは成長する中で、過去の出来事を再解釈していく。

急いで全部を理解させる必要はなかった。年齢に合わせて、少しずつ話せばよかった。そう思っている。

「パパは病気」を伝える時に気をつけたこと

経験から、一つだけ伝えられることがある。

子どもに病気を伝える時、「怖がらせない」ことより「正直に話す」方が大事だと思った。

「パパは大丈夫だよ」という嘘をつかなかった。「体の調子が悪くて、病院でお医者さんに診てもらっている」という事実を伝えた。大丈夫かどうかは、その時点では誰にもわからなかったから。

子どもは親の表情を読む。言葉を取り繕っても、空気は伝わる。だから余計なことは言わず、わかる範囲で正直に話した。

子どもたちが成長した今も、コロナの体験談は時々話す。「あの時こういうことがあった」という話が、子どもたちの記憶に積み上がっていく。それが、この家族の歴史になっていく気がしている。

いつか子どもたちが親になった時、この話を思い出すことがあるかもしれない。

入院中、子どもたちはどう過ごしていたか

私がICUにいた45日間、妻から断片的に聞いた話がある。子どもたちは最初の数日、夜泣きや食欲不振があったそうだ。特に長男は「パパはいつ帰ってくるの」と毎晩聞いていたらしい。

ところが1週間もすると、子どもたちなりに状況を受け入れたようだった。「パパが病気だから頑張る」と言った子はいなかったが、それぞれが自分のペースで学校に行き、ご飯を食べ、寝るという日常を続けた。子どもの適応力は大人が思うより高い、というのが妻の感想だった。

妻はワンオペで3人の子どもを見ながら(三男はまだお腹の中だった)、毎日病院に状況確認の電話をしていた。私が人工呼吸器をつけている間は面会もできなかった。それでも子どもたちを「パパは頑張ってるよ」と励まし続けた。あの時期の妻の強さを、私は退院後にじわじわと実感している。

年齢別の伝え方の違い

子どもたちは年齢がバラバラで、当時は長男・次男・長女の3人(三男はまだお腹の中だった)。それぞれ理解できることが全然違う。

長男:学校で「命」について少し習っていた時期だったこともあり、「パパが死ぬかもしれない」という感覚を持っていたようだ。だから「パパは病気だけど、先生がちゃんと治してくれているから大丈夫」という言葉をくり返した。不安を否定するのではなく、「大丈夫の根拠」を示すことが大切だと思った。

次男・長女:「病院に行っている」という事実は理解できるが、深刻さはほぼわかっていなかったと思う。「パパ、コロナにかかったんだって」という感じで、大人の会話を真似ているような反応だった。深く説明するより、日常を壊さないことが大切だと判断した。

三男(まだお腹の中):三男はこの時まだ生まれていなかった。ただ、おなかの子にも妻の緊張は伝わっていたかもしれない。妻が穏やかでいようとしてくれたことは、お腹の中の三男にとっても意味があったと今は思っている。

「パパが死ぬかも」という言葉を子どもが言った時

退院して数週間後、長男が突然「パパ、死ぬかと思った」と言った。夕ご飯の時間に、前触れもなく。

私は一瞬、返す言葉に詰まった。「大丈夫だったよ」で済ませることもできた。でも長男が何週間も抱えていたその言葉を、ちゃんと受け止めたかった。

「そうだよ。パパも怖かった。でもね、ちゃんと帰ってこれたよ」と答えた。長男は「そっか」と言って、また夕ご飯を食べ始めた。それだけだった。でも何かが解けた気がした。

子どもに伝えるとき、「怖くなかった」「心配しなくていい」と大人の都合で安心させようとしがちだ。でも子どもは親の本音を敏感に感じ取る。「パパも怖かった」という正直な言葉の方が、子どもの心には届くことがある。

休職中に気づいたこと:子どもと過ごす時間の質

退院後、3ヶ月以上の休職期間があった(帰宅当日の子どもたちの反応はこちらに書いた)。体が思うように動かず、仕事もできない時間が続いた。ただ、その期間は皮肉にも「子どもと最も一緒にいた時期」でもあった。

毎朝子どもたちと朝ごはんを食べ、下の子たちの幼稚園の送り迎えをし、長男が学校から帰れば宿題を一緒に見た。コロナになる前は、平日の子どもたちの顔をほとんど見ていなかった。

「仕事が忙しい」「帰りが遅い」を理由に先送りにしていた子どもとの時間が、強制的にできた。これを「コロナのせいで」と捉えることもできるし、「おかげで」と捉えることもできる。今の私は後者に近い感覚でいる。

子どもたちへの病気の伝え方を考える中で、一番大切なことに気づいた。言葉よりも先に、「一緒にいる時間」が信頼の土台だということだ。その土台があって初めて、どんな言葉も届く。

「正直に伝える」ことの怖さと大切さ

子どもに病気を伝える時、親は本能的に「心配させたくない」という気持ちが先に来る。だから「大丈夫」「すぐ帰る」という言葉を使ってしまう。私自身も最初はそうだった。

ただ、子どもは敏感だ。親が「大丈夫」と言っていても、表情や声のトーン、周囲の大人たちの緊張感を感じ取る。言葉とは裏腹に「何かおかしい」という感覚を持ちながら、それを言えずに内側に溜め込む子がいる。

我が家では退院後、長男と「本当のこと」を少しずつ話した。「パパは本当に怖かった」「もしかしたら帰れないかもと思った瞬間があった」という話をした。長男は真剣な顔で聞いていて、最後に「話してくれてありがとう」と言った。子どもらしくない言葉だと思ったが、彼なりに何かが解けた瞬間だった。

正直に伝えることは怖い。でも、嘘で守ろうとした「安心」は、後で別の不安になって返ってくることがある。子どもの年齢に合わせた「正直な言葉」が、長期的な信頼関係を作ると今は思っている。

この経験から自分が変わったこと

子どもへの病気の伝え方を考えながら、実は自分自身が変わったことも多い。

コロナ前の私は「子育ては妻に任せている」という感覚がどこかにあった。仕事を理由に、子どもの話を真剣に聞く時間を後回しにしていた。ICUを経験して、復職後は意識的に変えた。夕食の時間に仕事の話を持ち込まない。子どもが話しかけてきたらスマホを置く。寝かしつけの時間を作る。

小さな変化だが、子どもたちとの会話の量が明らかに増えた。その結果、子どもたちが何を考えているか、何を不安に思っているかがわかるようになった。「病気の伝え方」という問題は、日常の信頼関係があってこそ機能する。一朝一夕には作れないものだ。

「どう伝えるか」より「いつもそばにいるか」が大事

子どもへの病気の伝え方について調べると、「年齢別の説明方法」「言葉の選び方」など技術的な話が多い。もちろん参考になる情報はある。しかし、私が実際に経験して感じたのは、「伝え方の技術」より「日常の関係性」の方がずっと大きいということだ。

普段から子どもの話を聞いている親の言葉は、子どもに届きやすい。「この人は自分の話を真剣に聞いてくれる」という積み重ねがあってこそ、病気の話も受け止めてもらえる。

今でも毎晩、子どもたちが寝る前に少し話す時間を作っている。今日何があったか、何が楽しかったか、何が嫌だったか。その積み重ねが、「伝え方」の基礎になっていると思っている。

学校の先生への連絡:どう伝えたか

私が入院した時期、長男は小学1年生だった。担任の先生には「父親がコロナで入院中です」と妻が連絡した。先生は「お子さんの様子を注意して見ます」と言ってくれた。

実際、長男が学校で「パパが病院にいる」と友達に話していたらしい。先生から「クラスメイトが気にかけてくれていました」と報告を受けた。子どもの世界でも、それなりに伝わっていたのだと思う。

先生への連絡のポイントは「状況の深刻さを正確に伝えること」だ。「少し具合が悪い」と軽く言ってしまうと、子どもが落ち着かない様子を見せても原因がわからない。逆に「ICUにいる」という事実を伝えれば、先生もそれに応じた目配りをしてくれる。学校は家庭と連携できるパートナーだ。

退院後に子どもたちと「話し合った日」

退院から2ヶ月ほど経った日曜日の夜、家族6人でダイニングに集まって「パパの病気」について話した。私から切り出した。「ICUにいた時、パパは何を考えていたか話していいか」と。

長男と次男は真剣な顔で聞いていた。長女は途中で飽きてフラフラしていた。三男はまだ生まれたばかりで、ぐずったり眠ったりしていた。それでよかった。全員が全部わかる必要はない。

私が「ベッドの上で、君たちのことをずっと考えてた」と言った時、長男が目を丸くした。「本当に?」と聞いてきた。「本当に」と答えた。それだけで十分だった気がする。

子どもへの「病気の伝え方」は、入院中だけの話ではない。退院後も継続して「あの時のこと」を話せる関係を作ることが、子どもが経験を消化していく上で大切だと思っている。一度話したら終わり、ではなく、子どもが成長するにつれて「また話す」機会を持つことをすすめる。

子どもに病気を伝える経験を通じて気づいたことがある。「伝え方を失敗した」と感じた瞬間があっても、後から修正できるということだ。「あの時こう言ったけど、本当はこういう意味だった」と話し直せる関係があれば、一度の言葉が全てではない。大事なのは、一度で完璧に伝えようとすることより、繰り返し話せる関係を作り続けることだ。

この記事が、同じような状況にある親御さんの参考になれば嬉しい。正解はないが、「正直に、繰り返し、子どものペースに合わせて」という軸は、どんな家庭にも応用できると思っている。


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