子ども4人の父親をやってわかったこと|50代パパの子育て記録

子ども4人の父親をやってわかったこと|50代パパの子育て記録 子育てと家族

子どもが4人いる。

多いですね、と言われる。大変でしょう、と言われる。確かに大変だ。でも、4人いるからこそわかったことがある。

これは子育てのハウツーではない。50代の父親が、4人の子どもと向き合う中で感じたことの記録だ。

4人の子育て|そのときそのときで「大変」の種類が違う

子育ては今も大変だ。ただ、そのときそのときで大変の種類が違う。

幼児の頃は体力勝負だった。抱っこ、おんぶ、追いかけっこ。夜泣き。風邪。それが4人分。物理的に手が足りなかった。

少し大きくなると、兄弟喧嘩の仲裁が日常になる。おもちゃの取り合い、テレビのチャンネル争い。誰が先にお風呂に入るか。些細なことで毎日揉める。

さらに成長すると、今度は精神的な向き合い方が問われる。学校のこと、友達のこと、将来のこと。子どもが抱える悩みも複雑になっていく。4人それぞれが違う悩みを持ち、違う対応が必要になる。

教育費もそうだ。家計の見える化をして初めて、4人分の教育費がどれだけかかるか数字で見えた。塾、教材、学校の行事。一人ひとりは小さな金額でも、4人分になると大きい。それを毎月、毎年、何年も続ける。

「大変」が終わることはない。形が変わるだけだ。でも、それが子育てなんだと思う。

一人の人間として向き合うこと

4人の子どもを育てる中で気づいたことがある。

子どもを「子ども」として見るのではなく、一人の人間として向き合うことの大切さだ。

4人いれば、性格も違う。得意なことも違う。好きなものも違う。同じ親から生まれて、同じ家で育っているのに、全員違う。

うちの場合、長男は自由。自分のペースで好きなことに没頭する。次男は真面目。ルールを守り、きちんとやろうとする。三女は自由。長男に似て、マイペース。三男も自由。末っ子らしく、のびのびしている。

自由な子が3人に真面目な子が1人。バランスが良いのか悪いのかわからないが、この組み合わせが我が家の味だと思っている。真面目な次男が自由な兄弟たちの中で苦労していないか、それだけは気をつけて見ている。当たり前のことだが、忙しい日常の中ではつい「子どもたち」とひとくくりにしてしまう。

でも、一人ひとりに向き合う時間を作ると、子どもの表情が変わる。「パパは自分のことを見てくれている」と感じてくれる。それだけで、関係が変わる。

たとえば、上の子が学校のことで悩んでいる時。下の子たちが騒いでいると、つい「後にして」と言ってしまいそうになる。でも、その「後にして」が重なると、上の子は話すのをやめてしまう。だから、意識して二人きりの時間を作るようにしている。買い物に一緒に行く。車の中で話す。それだけでいい。

4人全員に同じ時間を割くのは難しい。完璧にはできない。でも、「あなたのことを見ているよ」という姿勢は、時間の長さではなく、向き合い方で伝わるものだと思っている。

家が賑やか|誰一人欠けてもいけない

4人いてよかったと思う瞬間。それは、家が賑やかなことだ。

朝からバタバタしている。誰かが泣いて、誰かが笑って、誰かが怒っている。朝食の時間は戦場だ。牛乳がこぼれ、パンの取り合いが始まり、「早くしなさい」と言っている間に誰かが靴下を片方なくしている。

夕食の時間も賑やかだ。学校であったこと、友達の話、テレビの話。全員が同時にしゃべろうとする。聞いているだけで疲れる時もある。でも、一人暮らしの食卓を想像してみる。あの静けさより、この騒がしさの方がいい。やかましい。うるさい。正直、静かにしてくれと思うこともある。

でも、コロナでICUに入った時、家族に会えない日が45日間続いた。あの静けさを知っているから、今の賑やかさがどれだけ幸せかわかる。

4人がそれぞれの個性を持って、ぶつかり合って、助け合って、一緒に成長していく。一人っ子では見られない景色がそこにある。

我が家では家庭内ポイ活制度を作っている。お手伝いをしたらポイントが貯まる。兄弟で協力してポイントを貯めることもある。「今日は一緒にお皿洗おう」と声をかけ合っている姿を見ると、4人いてよかったと心から思う。

誰一人欠けてもいけない。そう思える家族がいること自体が、人生で一番の財産だ。

父親として大事にしていること|最後まで味方でいる

父親として一番大事にしていることがある。

困った時にサポートできる、絶対的な存在であること。世の中の誰もがNOと言っても、最後まで味方でいてあげること。

子どもたちがこれから大きくなれば、失敗することもあるだろう。自分も失敗してきた。独立して収入がゼロになった。コロナで死にかけた。メンタルを崩して通院している。でも、その度に立ち上がってきた。完璧な父親ではないが、転んでも立ち上がる姿は見せてきたつもりだ。

子どもたちにも、失敗を恐れないでほしい。失敗しても、家に帰れば味方がいる。それを伝え続けることが、父親としての自分の役割だと思っている。人に裏切られることもあるかもしれない。自分を否定されることもあるだろう。

そんな時に、家に帰れば「大丈夫だよ」と言ってくれる人がいる。それだけで、もう一度立ち上がれる。自分がそういう存在でありたい。

「強いパパ」ではなくなった。体力はない。以前のように抱っこもできない。でも、「何があっても味方だよ」と伝えることはできる。それは体力とは関係ない。

子育ての「失敗」は今はわからない

子育ての失敗かどうかは、現時点では考えないようにしている。

子どもたちが大きくなった時に、答え合わせができればいい。「あの時こうしてくれたから今がある」と言ってもらえたら最高だし、「あれは嫌だった」と言われたら、その時に謝ればいい。

ただ一つ、もっと運動をさせればよかったかなとは思う。自分が野球やバレーをやっていた頃の体力があったからこそ、ICU後のリハビリも乗り越えられた。体力は人生の土台だ。子どもたちにも、その土台を作ってあげたかった。

でも、今からでも遅くはない。一緒に散歩するところから始めている。

子どもたちに願うこと

子どもたちが大人になった時、どんな人間になっていてほしいか。

優しい人間になってほしい。人の痛みがわかる人になってほしい。

あとは健康で、自分の人生を生きてほしい。誰かの期待に応えるためではなく、自分がやりたいことを、自分の足で歩いてほしい。

稼ぎが多くなくてもいい。有名にならなくてもいい。ただ、困った時に「パパに相談しよう」と思ってくれるような関係でいたい。それが、55歳で独立して家にいたいと思う理由の一つでもある。

病気を経験して変わった父親像

コロナでICUに入る前と後で、父親としての自分は変わった。

以前は「何でもできるパパ」でいたかった。体力で、行動で、稼ぎで家族を守る。それが父親だと思っていた。

今は違う。体力はない。稼ぎも以前ほどではない。でも、家がある家計の見える化もできているNISAで将来の準備もしている。子どもたちのご飯を作ることもできる。

「できること」の形が変わっただけだ。父親の役割は、体力だけではない。

妻がいなければ成り立たない

4人の子育ては、自分一人では絶対に成り立たない。

私がコロナで入院している間、妊娠中の体でワンオペを続けてくれた妻。私が休職している間、家計を支えてくれた妻。弱くなった私を特別視せずにそばにいてくれた妻。

子どもの話をすると、つい父親目線で語ってしまう。でも、この家族が成り立っているのは妻のおかげだ。それは忘れてはいけないし、ここに記録しておきたい。

50代の父親として|子どもたちへ

このサイトは、いつか子どもたちが読むかもしれない。

パパがどんな人生を歩んできて、何を考えて、何を大事にしていたか。それをここに残しておきたい。

毎朝子どもたちのご飯を作っている。休日は昼食も夕食も作る。料理が得意なわけではない。でも、父親が作ったご飯を食べて育った記憶は、子どもたちの中に残ると思っている。味ではなく、「パパが作ってくれた」という事実が残る。

大きなことは成し遂げられなかったかもしれない。でも、4人の子どもを育てたこと。家族のために働き続けたこと。病気になっても諦めなかったこと。それは胸を張って言える。

子どもたちが巣立つ日はいつか来る。その時、この家が静かになる日が来る。今の騒がしさが懐かしくなる日が来る。だからこそ、今のこの時間を大事にしたい。一緒にご飯を食べる朝を、一緒にテレビを見る夜を、一つひとつ積み重ねていきたい。

4人の子どもの父親をやれて、私は幸せだ。

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